水の記憶 Memory that water has

水の記憶

TITLE 【水の記憶】 W 119cm   H 48.5cm  D11cm   2016年

「水の記憶シリーズ」
子供のころ箱眼鏡で水中を覗いた時 まるで異世界を見ているように錯覚した。
海岸に転がる雑多な石達も宇宙が出来て以来 様々な経緯をたどり今ここに存在している。
偶然できたというにはあまりにも出来すぎた宇宙に立つ自分。
地球上で色々なものに触れ合いながら循環し続ける水。
今日 僕の体の中を通り抜けていった水は100年前はどこを旅していたのだろうか?
色々な物質に触れながら自然の力で浄化された水は大地から滾々と湧き上がる 。
現在汚染された水は 数年後僕の体を通り抜けるのかもしれない。
その時水は僕の体を通り抜けながら少しは浄化されるのだろうか?

水の記憶

それだけではどうってことがなく見過ごされている小石が、板が、鉄が、セメントが、
白砂氏の手で拾われ、組み合わされ、 構成され、確かな位置に定まっている。
そのひとつひとつが取り組むたおやかな存在感をもって交響する。瑞々しいバランス。見事だ。
作品の重量は30キロもあるのに、軽やかな親しみを感じる。
作品からは気の遠くなるような地球の歴史=時間の積層を感じる。
時間に重量はないが、その積層の波動は、心の深部に潜む 静かな水面をゆるやかに揺らす。
「水の記憶」だ。すごくいい作品、の予感。それは予感ではなく実感だが、何かの予兆も感じる。
未来に開かれている、ということか。過去未来貫く水のごときもの。

白砂氏の作品は、ペン画~水彩画であれ立体造形であれ、そこには穏やかな生気が流れている。決して深刻ではない。
それは現在かなり重要なことだと思う。世の中、生真面目な作品、深刻ぶった 作品、
また時流に棹さす作品ばかりがもてはやされている、と嘆く昨今、白砂氏の作品は時流に乗らず、恬淡とそこにある。
それは見る者の心を、その型にはまった正装=知識を気づかずに解き、ふっと気楽に、開放的にする。
心は解放へ向かう。

K美術館館長 越沼正

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海岸に転がる幾千もの石の中から

白いラインの入った石を拾い上げる

数千年数万年をかけて僕と出逢った石

一本の線を通すように砂の中へ埋め込むことでこの世界のすべてが繋がっている事を感じる

 

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